筱田升

照片 :
照片描述 :
中文名 : 筱田升
英文名 : Noboru Shinoda
出生年 : 1952年
出生日 : 2月21日
出生地 : 日本埼玉县
逝世 : 逝世
逝世年 : 2004年
逝世日 : 6月22日
国家/地区 : 日本
职业1 : 摄影师
首字母 : X
条目星级 : ★

筱田升(篠田昇/しのだ のぼる),日本著名电影摄影师,毕业于日本大学艺术学系。刚刚毕业的筱田升便随即步入了电影界,并且担任了当时日本著名的摄影师井上皓市的摄影助理,正是这段工作经历,使筱田升获得了真正意义上的学习。

生平

1952年,筱田升出生于日本的琦玉县。由于家里在当地的电影院附近经营了一家生意不错的咖啡馆,所以童年的筱田升便获得了可以在周末免费欣赏整整一天电影的机会,于是,电影这个神秘而又有趣的东西在他小小的心灵上烙下了深深的印记。筱田升在高中毕业后,不顾家人的反对,依然报考了日本大学艺术学系,学起了摄影专业。

在跟随井上皓市的几年里,筱田升大部分时间只是作为摄影小组的一员或者摄影助手参与一些电影的拍摄工作,并没有得到能够独立掌控摄像机的机会。直到1982年,他正式成为摄影主任,开始独当一面,并逐渐在电影与广告界活跃起来,1985年[[相米慎二]]导演的《爱情旅馆》是筱田升第一部正式独立执掌摄像机的作品,也正是当时极具影响力的导演相米慎二培养了筱田升对画面美感的单纯追求的独特审美观念。

1989年1994年,筱田升先后执掌了电影《咬女人》,《危险的故事》,《宇宙的法则》,《爱的捆绑》和《夏之庭》,事业逐渐呈现上升的趋势。而1995年岩井俊二的《情书》让世界认识了岩井俊二和他的御用摄影师:筱田升,筱田升的个人事业此时被推向了顶峰。更加值得称赞的是,在《情书》的拍摄过程当中,筱田升重新发现了“2.55:1宽银幕”的新用途,这让他不需要拉广角镜头也照样可以自然的捕捉到室内的光线和风景,将35毫米胶片的效用发挥到了最大。

之后的几年,筱田升再接再厉,与岩井俊二合作,推出了《梦旅人》,《燕尾蝶》,《四月物语》,《关于莉莉周的一切》和《花与爱丽丝》,在岩井极具美感风格的作品中,筱田升找到了自己的发挥空间,借此得到了无数实践创新的机会。

2004年的《在世界中心呼唤爱》在日本电影界获得了极大的成功,筱田也因此赢得了当年日本学院奖最佳摄影的荣誉,但让人没想到的是,此片却成为了他的遗作,同年的6月22日,正值壮年的筱田升因肝病去世,享年52岁。

回顾筱田升的一生,应该说是虽短暂,却无比辉煌,他对日本,乃至全世界电影的发展都做出了不可磨灭的贡献。借用日本一位著名导演,指导过影片《大暴走》的行定勋的话说来评价筱田升:“筱田升就像是太阳,而那些导演就是围绕在他身旁的行星,假如没有了太阳,行星们将失去方向”。

摄影作品表

  • 2004年 『[[世界の中心で、愛をさけぶ]]』 監督:[[行定勲]]
  • 2004年 『[[花とアリス]]』 監督:岩井俊二
  • 2003年 『[[花とアリス]]』<WEB> 監督:岩井俊二
  • 2003年 『体温』 監督:[[鈴木浩介]]
  • 2002年 『[[月に沈む]]』 監督:[[行定勲]]
  • 2002年 『[[八月の幻]]』 監督:[[鈴木浩介]]
  • 2002年 『[[夏風]]』 監督:[[鈴木浩介]]
  • 2002年 『[[ノースポイント]] つばさ』<TVM> 監督:[[長澤雅彦]]
  • 2001年 『[[リリイ・シュシュのすべて]]』 監督:岩井俊二
  • 2001年 『[[ダンボールハウスガール]]』 監督:[[松浦雅子]]
  • 2001年 『クロエ』 監督:[[利重剛]]
  • 2000年 『[[源氏物語_あさきゆめみし]] ~Live in a Dream~』<TV> 監督:[[三枝健起]]
  • 1999年 『[[死国]]』 監督:[[長崎俊一]]
  • 1999年 『真夜中まで』 監督:[[長崎俊一]]
  • 1998年 『[[四月物語]]』 監督:岩井俊二
  • 1997年 『OPEN HOUSE』 監督:[[行定勲]]
  • 1997年 『HAPPY PEOPLE』 監督:[[鈴木浩介]]
  • 1996年 『[MISTY]一瞬の挑発』 監督:[[三枝健起]]
  • 1994年 『[[スワロウテイル]]』 監督:岩井俊二
  • 1994年 『男たちの書いた絵』 監督:[[伊藤秀祐]]
  • 1995年 『[[BeRLiN]]』 監督:[[利重剛]]
  • 1994年 『[[Love_Letter]]』 監督:岩井俊二
  • 1994年 『[[PiCNiC]]』 監督:岩井俊二
  • 1994年 『[[undo]]』 監督:岩井俊二
  • 1994年 『[[突然炎のごとく]]』 監督:[[井筒和幸]]
  • 1994年 「[[ルナティック・ラブ]]」 監督:岩井俊二
  • 1994年 『[[夏の庭_The_Friends]]』 監督:[[相米慎二]]
  • 1992年 『J・MOVIE・WARS 来たことあるはじめての道』 監督:[[山川直人]]
  • 1991年 「高松 伸の世界」
  • 1991年 『SFXアドベンチャーアクション [[東方見聞録]]』 監督:[[井筒和幸]]
  • 1991年 『欲望だけが愛を壊す』 監督:[[中原俊]]
  • 1990年 『東京ディズニーランド・タッチザファンタジー』 監督:[[富永一]]
  • 1990年 『[[ワールドアパートメントホラー]]』 監督:大友克洋
  • 1990年 『グッドモーニング』 監督:[[中原京平]]
  • 1989年 『まさあきの詩』 監督:[[呉徳珠]]
  • 1989年 「彼女はピカソに恋している」 監督:[[榎戸耕史]]、CX
  • 1989年 『マスターオブ指圧』 監督:[[石井聡亙]]
  • 1988年 『SO WHAT』 監督:[[山川直人]]
  • 1988年 『不可思議物語8 猫はよく朝方帰ってくる』 監督:[[山川直人]]
  • 1988年 『不可思議物語4 ワン・ステップ・ビヨンド』 監督:[[山川直人]]
  • 1987年 『やるときゃやるぜ!』 監督:[[山名兌二]]
  • 1987年 『[[宇宙の法則]]』 監督:[[井筒和幸]]
  • 1987年 『噛む女』 監督:[[神代辰巳]]
  • 1987年 『危ない話』 監督:[[井筒和幸]]
  • 1987年 『パイレーツによろしく』 監督:[[後藤幸一]]
  • 1986年 『カムバックヒーロー』 監督:[[山名悦二]]
  • 1985年 『[[ラブホテル]]』 監督:[[相米慎二]]
  • 1981年 『ザ・ストリッパー 堕ちて藍』 監督:山崎哲、[[藤後和夫]]
  • 1978年 『[[サード]]』 監督:[[東陽一]]、撮影助手
  • 1977年 『杳子』 監督:[[林千樹]][[菊地善幸]]
  • 1974年 『ハードボイルドハネムーン』 監督:[[後藤和夫]]

获奖经历

  • 2004年 《在世界的中心呼唤爱》 日本学院奖最佳摄影
  • 1996年 《燕尾蝶》 日本学院奖最佳摄影提名

外部链接

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编者介绍

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